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学校給食衛生管理基準についての考え

先日、フードソリューションセミナーの
「学校給食衛生管理基準の改訂ポイント」
「食育の推進は調理環境の整備から」
を聞いてきたので、私なりの感想を書いておこうと思う。

両テーマに共通することは、平成8年に学校給食に起因する大規模な食中毒事故の発生があり、その後「学校給食衛生管理の基準」という管理マニュアルが作成され、大幅に食中毒事故が減少した。一定のマニュアルの効果があったのであろう。しかしながら現場調理員の努力によるものが大きく、昨今の安全確保はまさに綱渡り状態だ。よって、調理員の努力などのソフトだけではカバーしきれないので、ハード面つまり施設の改善を行っていくべき。
ということだと思う。

確かにその通りで、ハード(施設)の充実はソフト(運用)を助ける。逆に、ハードが貧そな場合はソフトを充実させればある程度は安全が確保できる。
しかしながら、所詮は人間がやること。エラーは当然想定されるので、できればハードに安全確保の大部分を担ってもらえば、安全確保という意味でずいぶん精度は上がる。

しかしながら、この「学校給食衛生管理基準」というのがくせ者で、ここまでする必要があるのか。と思える記述がたくさんある。中でも「望ましい」と表記されていると、あたかもそうでなければならないかのように、こぞってその例を忠実に再現しようとする。
その結果、運用が不便であったり、献立に制約が出たり、地場産物を使いにくかったり、実際に給食を食べる子供たちを給食から遠く離してしまったり、ということが起こりえる。

セミナー中、「学校給食に経済性を持ちこんでほしくない」
「学校給食は未来への先行投資である」
といった発言があったが、その通りだと思う。
しかし、実際には財政の問題はクリアしなければならない問題であり、いくら子供たちの未来への先行投資とは言っても、そこにいくらでもお金をつぎ込んでいい。という話にはならない。

また、学校給食コンサルタントの方が、「給食にはコーディネータが必要なのではないか。これができるのは厨房メーカーであり、設計者である」とおっしゃった。
これもその通りであり、私もそう思う。
が、やはり実現できない様々な問題があるのも確かだ。

低迷する食糧自給率が問題になって久しいし地産地消、フードマイレージなどという言葉も今やすっかり定着した。これらを取り入れようと考えた場合、ある程度の”許容”という人間的な給食運営と、ある程度のリスク負担は必要だ。
学校給食の衛生管理基準が要求するレベルはどんどん上がっていき、昨今建てられている学校給食センターは、ますます複雑な設計になり、複雑な運営になり、機械も高価なものが入るようになった。
”許容”などというものが入れそうな隙間はどこにもないようだ。

新鮮な野菜が入荷し、調理場に入れるのに一旦専用の容器に移し替え、カウンターごしに納品をする。汚染された外部の物、人を調理場に入れないためだ。
トイレには、下着姿で入る。白衣を食中毒菌で汚染しないためだ。
調理員と見学者などの外来者は施設内では完全に分離されなければならない。外来者は食中毒菌を含むどんな異物をもってくるかわからないからだ。

給食の食中毒は96年の18件から、08年は6件、09年はなんと1件になったそうだ。
この1件を0件にすればよいのだろうか。
誤解を恐れずに書くとするならば、その1件のために、いくらお金を突っ込んでも、何が犠牲になろうとも、これは当然のことなのか。

一方では、「学校給食衛生管理基準」が推奨するスペックを持つ施設を設けることが財政的にできず、エアコンも無く、床もコンクリートの古い給食センターをなんとか努力で安全確保してだましだまし使用したりし、苦悩しているところもある。
もうすこしハード的な内容を緩和し、お金をできるだけかけずに給食の運営ができるようにはならないものか。
少しの費用で効率の良い給食センターをつくることができれば、もっと素敵な調理場がたくさんできると思うが。

私は別にオーガニック食品は好きでも嫌いでもないが、
映画「未来の食卓」。小さな町の学校給食に使用する食材を全てオーガニック食材にしよう。と努力する様子が描かれたものだが冒頭で農家のおじさんが給食センターに泥付きの野菜を持ってくる。それをコックが楽しそうに話しながら調理場まで招き入れ、野菜を運び入れる。
このシーンは、私にとって映画の中で一番印象的で好きだ。

でも残念ながら、こんなことは今の日本の学校給食では絶対に考えられないことである。

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